東京高等裁判所 平成3年(行ケ)53号 判決 1991年7月30日
原告 内河煕
右訴訟代理人弁護士 浅香寛
同 安部陽一郎
同弁理士 石井孝
被告 日清製粉株式会社
右代表者代表取締役 正田修
右訴訟代理人弁護士 丹羽一彦
同 鈴木修
同 矢部耕三
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が平成二年審判第九三四六号事件について同年一二月二七日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二本案前の主張
原告が商標権を有していた商標登録番号第一四三九七九〇号の商標権の存続期間の終期は平成二年一〇月三一日であり、本件商標権は右期間の満了により消滅した。原告は自ら更新手続を行わないことにより本件商標権を消滅させた以上、もはや本件商標権の登録を取り消した本件審決の適否を審判において争う利益はないから、本件審決の取消しを求める訴えの利益はない。よって、本件訴えは不適法である。
第三本案前の主張に対する認否及び反論
一 本案前の主張に対する認否
本件商標権の存続期間の終期が、被告主張のとおりであり、右期間の満了により本件商標権が消滅したことは認めるが、その余の主張は争う。
二 反論
1 原告は、本件商標権消滅後一年を経過しない間に、本件商標と同一の商標につき新規登録出願をしているところ、被告は、原告の右出願に対する先願として、本件商標と同一の商標について、平成二年商標登録願第五七三三一号もって登録出願中である。ところで、商標法四条一項一三号は、商標権が消滅してから一年を経過していない他人の商標又はこれに類似する商標であって、当該商標権に係る指定商品又はこれに類似する商品について使用する商標については、登録を受けることができない、と規定しているが、右規定によれば、本件審決がなければ、本件商標権が存続期間の満了により消滅した前記の日から一年を経過しない間は、被告は前記の出願につき商標登録を受けることができない結果、原告は容易に自己のした前記出願について登録を受けることができることとなる。しかるに、本件審決が存在するために、原告は、被告のした前記出願に対し、右出願が前述した商標登録不許可事由に該当する旨の主張をすることができないか、あるいは本件商標の使用の継続を理由に、被告のした前記先願を容易に排除できるのにこれを阻害されるか、困難となるおそれがある。したがって、原告には、本件審決の取消しを求める法的利益がある。
2 原告は、新世界興業株式会社との間で本件商標についての使用許諾契約を締結し、同社から使用料の支払いを受けていたところ、本件商標権存続中における使用の事実が証明されない限り、原告は使用料等について右会社に返還する義務を負う。したがって、原告は本件審決の取消しを求める法的利益がある。
3 本件商標に対する被告のした不使用取消審判請求については、平成二年七月二一日付けで商標登録原簿に商標権存続期間中の適法な審判請求として予告登録され、さらに本件審決が確定した後はその旨の登録がされ、これについては一事不再理の効力が生ずることとなるところ、原告は、商標原簿の右記載により、回復不能もしくは著しい法律上の不利益を受けるものである。
4 本件審決は、前記のように、本件商標権の存続期間満了後に行われたものであるところ、かかる場合には被告の審判請求は、本来、商標法五六条により不適法として却下されるべきものであったにもかかわらず、本件審決がされたものであるから、本件訴えのみを存続期間満了後であることを理由に利益がないとすることは相当ではない。
第四請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、商標登録番号第一四三九七九〇号の商標権者であるところ、被告は、平成二年五月二七日、右商標につき不使用取消しの審判請求をした。特許庁は右請求を同年審判第九三四六号事件として審理した結果、同年一二月二七日に本件商標の登録を取り消す旨の審決をした。
二 審決の理由の要点
本件商標権は現に有効に存続しているものであるところ、請求人(被告)は本件商標権は商標法五〇条に該当するとして、その登録の取消しを請求したが、被請求人(原告)は、右請求に対し、何ら答弁しない。
商標法五〇条の不使用取消しの審判請求があった場合には、同条二項により、被請求人(原告)において、商標使用の事実を証明するか又は使用していないことについて正当な理由があることを明らかにしない限り、商標登録の取消しを免れないところ、被請求人(原告)は右事実を証明しない。
よって、本件商標の登録は、商標法五〇条により取り消すべきである。
三 審決の取消理由
審決は、本件商標権が消滅した後の平成二年一二月二七日付けでされたものであり、商標法五四条の規定とも矛盾し、違法である。
よって、審決は違法であるからその取消しを求める。
第五請求原因に対する認否
請求原因一、二項は認める。
第六証拠《省略》
理由
一 本案前の主張について判断する。
本件商標権の存続期間の終期が平成二年一〇月三一日であり、右期間の満了により本件商標権が消滅したことは当事者間に争いがない。
1 本件商標権が存続期間の満了により消滅した以上、もはや、本件商標権自体の存続の可否を論ずる余地はなく、仮に、本件審決が取り消され、不使用取消請求に係る審判手続段階に戻ったとしても、本件商標権は既に消滅し、これが復活する余地はないのであるから、本件商標権の不使用取消しを求める審判請求手続は、本件商標の使用事実の存否等の実体問題を審理するまでもなく、審判の対象自体を欠くものとしてその手続を終了するほかないのであって、かかる観点からみれば、仮に本件訴えが認容されたとしても、これが原告の法的地位に何らかの影響を及ぼす余地はないものというべきである。
2 そこで進んで、原告の本案前の主張に対する反論1について検討する。
商標法四条一項一三号本文は、商標権消滅後の一年間について、消滅した商標権に係る商標と同一又は類似の商標につき、指定商品が消滅した商標に係る商品と同一又は類似の場合には、その登録を不許可とする旨を規定するとともに、同号の括弧書きにおいて、当該商標権につき、その消滅した日前一年間以上の商標不使用の事実がある場合には、登録を不許可とする右本文の適用を除外する旨を規定しているところである。そうすると、右本文の適用が除外されるか否かは、当該商標権消滅の日前一年以上における右商標の不使用の事実の存否に係ることは、右規定自体から明らかなところである。
ところで、本件訴えは、商標法五〇条に基づくいわゆる商標の不使用取消審判請求に対する審決の取消しを求めるものであるところ、一般的にみると、右審判手続における争点が、同条所定の期間内における商標使用の事実の存否である可能性が高いとはいえるとしても、右審判手続における取消審決の存在ないしは同条所定の期間内における商標不使用事実についての認定が、商標法四条一項一三号の適用除外を規定する前記の商標不使用要件の存否の認定判断に対し、何らかの法的拘束力を及ぼすと解すべき根拠は見いだし難いところである。したがって、商標法五〇条に基づく商標の不使用取消審判請求事件において、当該商標の不使用の事実が認定され、当該商標権の登録を取り消す審決がされたとしても、右認定ないし取消審決の存在と関わりなく、同法四条一項一三号本文に違反してなされた商標の登録に対しては、同条所定期間における当該商標の使用の事実を主張して右登録の適否を争うことができるのであり、右取消審決の存在ないしはその前提となる不使用に係る事実の認定が、右適否を争うことの法的障害となるものではない。
のみならず、本件においては、仮に本件審決を取り消すことにより、事件が再度特許庁の審判手続の段階に移行したとしても、そもそも本件商標権自体が既に存続期間の満了により消滅していることは前述のとおりであるから、本件審判請求はその対象を欠くものとして不適法却下を免れない以上、右審判手続においては、本件商標の使用事実の存否について審理が行われる余地はない。したがって、この観点からみても、原告には本件審決の取消しを求める法的利益はない。
したがって、いずれの観点からみても、原告の前記主張は失当である。
3 次に原告の反論2について検討すると、原告は、本件商標権存続中における使用の事実が証明されない限り、使用料等を新世界興業株式会社に返還する義務を負うから、本件審決の取消しを求める法的利益があると主張する。
しかしながら、本件商標権はその存続期間中有効に存続していたものであり、このことは原告が本件商標をその存続期間中に使用したか否かとは何ら関わりがないものである。のみならず、《証拠省略》によれば、本件商標に係る使用許諾期間は本件商標権の存続期間と定められていることが認められるところ、右期間中における本件商標権の有効な存続には何らの問題がないことは前述したとおりであるから、原告が右契約に基づき不利益を受けることは認め難いところである。
さらに、本件商標権は既に審判手続中に存続期間の満了によって消滅している以上、もはや審判手続において使用の事実の存否を審理する余地がないことは前述したとおりであるから、仮に原告が右契約に基づき、本件商標の不使用の事実を原因として、不利益を受けるおそれがあるとしても、本件審決の取消しによっては右不利益を防止することができない。
したがって、いずれの観点からみても、原告の前記主張は失当である。
4 さらに、原告の反論3について検討すると、《証拠省略》によれば、本件商標の商標登録原簿には、平成二年七月二一日付けで不使用取消審判請求の予告登録がされている事実が認められるところである。また、商標登録令一条一号によれば、商標法五〇条一項に係る審判の確定審決は商標原簿の登録事項とされているところである。
しかしながら、本件審決が確定し、これが商標原簿に登録されたとしても、右登録の事実に基づき、原告に何らかの法的不利益が生ずると解すべき法的根拠は見いだし難く、仮に、右確定審決が商標原簿に記載されることにより何らかの不利益が生ずるとしても、それは事実上の不利益にすぎないというべきである(なお、商標法七一条一項一号によれば、商標権の消滅は商標原簿の登録事項であるところ、前掲甲第一二号証には本件商標権が存続期間の満了により平成二年一〇月三一日消滅している旨の登録がされている事実が認められるところである。)。
原告は、審決の確定による一事不再理を問題とするが、既に存続期間の満了により消滅した本件商標権については、そもそも争訟の利益がないのであるから、一事不再理を問題とすること自体無意味というべきである。
したがって、この点に関する原告の主張も採用できない。
5 さらに、原告の反論4について検討すると、原告は、被告の本件審判請求は、商標法五六条により不適法として却下されるべきものであったにもかかわらず、本件審決がされたものであるから、本件訴えのみを存続期間満了後であることを理由として訴えの利益を欠く、とするのは相当ではないと主張する。しかし、審決取消訴訟は行政事件訴訟法三条の抗告訴訟の一類型であるから、その取消しを求めるにつき法的利益が必要であることはいうまでもないところである。そして、これまで述べてきたように、原告に本件審決の取消しを求める法的利益を肯定することができない以上、本件訴えは不適法といわざるを得ず、このことは仮に審決が違法であったとしても何ら変わるものではない。
したがって、原告の右主張も採用できない。
二 以上のとおりであるから、本件訴えは不適法として却下を免れず、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 田中信義)